交通事故・損害賠償請求  自賠責保険請求、任意保険請求、賠償額算定

             交通事故判例
1.主婦の所得の算定 自賠責 賃金センサス
2.運行供用者 運行供用者肯定 運行供用者否定
3.「他人」性 「他人」性の肯定 「他人」性の否定
4.中間利息控除 新聞記事 計算例
5.後遺障害の逸失利益 差額説 労働能力喪失説
6.素因減額 心因的要因 身体的要因
7.未成年の親の責任 親の所有車両 親の責任を否定した判例
8.示談の効力範囲 錯誤無効説 別損害説
9.広路進行車両の注意義務 優先道路 左方優先

 私たちは一般的に、あいつは約束を守るいい奴だ、と言ったり、誠意があるからちょっとしたミスは許してあげる、とか、あいつはどうも虫が好かん奴だetc、、、と感情の動物です。
 どんなに相手を客観的に分析して、まったく問題がないとしても、だから結婚相手として問題はない、ということにはならないのと同様に、すべてに感情が優先する人生を送っています。

 交通事故にも感情はつきものですが、損害賠償を話し合う上で感情ほどやっかいなものはありません。感情とは主観的なものです。

 俺は、こういう運転をしていたから過失はない、相手は、事故直後にこれこれしかじかと言っていたから・・・いまさら過失割合を持ち出されるのは納得がいかない。交通事故の損害賠償の段階で感情が先に出て争いになるケースは非常に多いものです。 

 「法の土俵」という言葉を聞いたことがおありでしょうか?同じ土俵の上で勝負しよう、とかは良く聞く言葉ですね。「法の土俵」という場合も同様に、感情という主観的な価値観では解決がつかないので、法律という土俵の上で話し合いましょう、ということです。

 交通事故の損害賠償の問題は、感情や自分勝手な主観(自分の尺度)で話し合って解決するものではありません。すべて法律の問題であると捉えなければならないのです。被害者によっては、事故から長い間、自分の価値観や感情を優先していつまで経っても解決しない場合があります。

 損害保険会社は加害者の法的な賠償の範囲はどこまでなのか、ということだけを問題にします。これらを捉えて、冷たいとか誠意がないと言う場合がありますが、それらは「法の土俵」の外の問題なのです。

 言葉を変えれば、保険会社に愛想を期待しても始まりません。冷静に事故を判断して正当な損害賠償を提示してくれればそれでいいのです。

 交通事故を解決する場合の根拠となる法律は、
民法であり自動車損害賠償補償法道路交通法などです。しかし、交通事故の態様は実に様々です。法律の解釈だけでは解決できないことがたくさんあります。

 そこで、裁判所が様々な事故で下した裁判所の判断の実例である判例がものをいいます。昔から判例だけでなりたっているイギリスのような国もありますが、日本でも最高裁のだした判例は重みがあります。
下級裁判所は当然ながら最高裁がだした判例に拘束されます。

 最高裁が一度出した判例も不変ということはありません。しかし、変更するときは小法廷ではなく大法廷でやるようになっている、とのことです。最高裁の判決は一種法律のようなものです。
 以上の観点から考察しますと、最高裁の判例を常に参考にして問題解決に取組む姿勢が重要です。

 
1.主婦の所得の算定

 所得がいくらになるのかは損害賠償の中でも一番重要な要素を占めます。ご存知のように損害賠償の中で一番大きいのは、傷害であれば休業損害であり、傷害慰謝料です。それらの計算の根拠となるものはすべてその人の実際に得ていた所得によることになっているからです。

 サラリーマンなら所得の証明は問題ありません。しかも比較的大きな会社ならば殆ど問題はありません。しかし小さい会社の場合はなかなか信用してもらえません。また自営業者の場合は過小申告等のことがあり、本当は・・・だけどなぁ、、、と言ってもしょうがありません。

 主婦の場合はどうなのか。主婦は、主婦業として給与を得ている訳ではありません。兼業主婦の場合もあります。実態は殆ど専業主婦と変わらないけれども家計の足しになるように短時間パートにでているケースです。

 主婦の所得は、
自賠責の場合は一日5700円という決まりがあります。任意保険の基準も殆どが最低基準である自賠責保険の基準に限りなく近い賠償額です。

 最高裁の判例ではどうなのでしょうか。最高裁の判例では昭和44年の判決で、以下のように言っています。

 『おもうに、結婚して家事に専念する妻は、その従事する家事労働によって現実に金銭収入を得ることはないが、家事労働に属する多くの労働は、労働社会において金銭的に評価されうるものであり、これを他人に依頼すれば当然相当の対価を支払わなければならないのであるから、妻は、自ら家事労働に従事することにより、財産上の利益を挙げているのである。
 一般に、妻がその家事労働につき現実に対価の支払を受けないのは、妻の家事労働が夫婦の相互扶助義務の履行の一環としてなされ、また、家庭内においては家族の労働に対して対価の授受が行われないという特殊な事情によるものというべきであるから、対価が支払われないことを理由として、妻の家事労働が財産上の利益を生じないということはできない。のみならず、法律上も、妻の家計支出の節減等によって蓄積された財産は、離婚の際の財産分与又は夫の死亡の際の相続によって、妻に還元されるので
ある。
 かように、妻の家事労働は財産上の利益を生ずるものというべきであり、これを金銭的に評価することも不可能ということはできない。ただ、具体的事案において金銭的に評価することが困難な場合が少くないことは予想されうるところであるが、かかる場合には、現在の社会情勢等にかんがみ、家事労働に専念する妻は、平均的労働不能年令に達するまで、女子雇傭労働者の平均的賃金に相当する財産上の収益を挙げるものと推定するのが適当である。』

 “女子雇傭労働者の平均的賃金”とは、具体的には何に基づくのでしょうか。これは、
賃金センサス全産業全年齢の平均賃金が採用されます。

 最近の判例(東京地裁)では、

 『・・・アルバイトによって59万3360円の収入を得る兼業主婦であった、上記の主婦としての生活状況及び稼動状況からすれば、その年収は賃金センサス平成12年第1巻第1表の女性労働者・企業規模計・学歴計全年齢平均の年収額である349万8200円を下回らない収入を得ることができたものというべきである。そして、少なくとも67歳までは就労可能であり、生活費控除率3割として、36年間の逸失利益の現価を計算すると、4051万8811円となる。』

 パート収入の59万円を元に計算されている訳ではないということを、特に注目してください。裁判だと、専業主婦や兼業主婦は350万円で計算される訳です。

 これが自賠責だと330万円となります。その説明にいわく、(注) 本表は、平成12年賃金センサス第1巻第1表産業計(民・公営計)によりもとめた企業規模10〜999人・学歴計の年齢階層別平均給与額(含臨時給与)をその後の賃金動向を反映して0.999倍したものである。

 となります。


 「賃金センサス」について

 賃金センサスとは、厚生労働省が発表する統計資料です。正式呼称は「賃金構造基本統計調査」といいます。

 ホームページは表題をクリックするとでてきます。データはエクセルになっていますが、その見方をご説明しましょう。
 「赤い本」や「青い本」、あるいは「交通事故損害賠償必携」などの交通事故の損害賠償に関する書物に記載されているのは、データの中にある
 
「きまって支給する現金給与額×12月+年間賞与その他特別給与額」を算出し、それを年収額として掲載しています。

 統計は全国190万事業所から抽出した33,000事業所に調査表を送付して行なわれています。サンプルは全体の1.7%になります。これが多いか少ないかは統計学上の問題となりますが、統計の中には、驚くほど少ないサンプルで統計ができあがっている場合もあります。
 しかし一度政府の統計として公表されると、それらの数値は一人歩きします。その統計に権威の衣が着けられてしまうのです。そして重要な決定を下す場合のベースデータとなってしまうのです。

 それはさて置き、死亡や後遺障害の場合は逸失利益が絡みますのでこのセンサスが非常に重要となるのです。最近、各県の県民所得が発表されました。北海道や東北、九州、沖縄は全国的にみても所得がかなり低かったですね。
 しかしながら、現在のところセンサスは殆どが全国平均で計算されますので、県民所得の低い県の場合、被害者の損害賠償という面からだけみると有利な扱いになっているわけです。

 先にご紹介した厚生労働省のHPで賃金センサスをご覧いただければお分かりのように、様々な角度からみたセンサスがあります。
損害賠償では基本的に被害者の実収入をもって算定されるわけですが、センサスが使われるのは専ら未就労の幼児や子供、あるいは学生、主婦の死亡、後遺障害の逸失利益の算定の際に使われるものです。

 どの賃金センサスが使われるかについて、判例では確定していません。大きく分けると、「全年齢センサス」か「年齢別センサス」かになりますが、例えば20歳の学生の死亡事例で、全年齢の方が当然賠償額は高くなるのですが、年齢別が使われることもあります。

 年少の女子の場合にも明確な基準がある訳ではなく、女子労働者平均とするのか、全労働者平均とするのかについての最高裁の確定的な判決がありません。

 労働に就いている場合は、実収入に基づくのですが、それが低い場合はあえてそれを出さず、センサスに基づいて損害賠償をできたらいいな、と考えてしまいます。特別な事情があり、本来は平均賃金を得られるという強い立証がある場合は、認められることもあるようです。



2.運行供用者


 車を運転するときに複数の人が同乗していて事故が起きた場合はどのようになるのでしょう。事故の相手との問題は勿論のこと、同じ車に乗っている者同士の間でも賠償問題が発生します。

 20年も昔の話ですが、家族揃って実家へ行っての帰り道、下りのカーブで、しかも圧雪アイスバーンで追い越しをかけてきた無謀な車がありました。追い越し直後に尻を振り出してやがて路肩から3mほど下に転落してしまいました。
 乗っていた2人ともすぐ車からでてきましたが、助手席に乗っていた友人らしき人は、メガネが割れて眼球に突き刺さり顔面血だらけでした。彼は「だから無理な運転するなと言ったろう」と運転手に向かって叫び、運転していた方は、血の気が失せて顔面真っ白で呆然と突っ立っていました。
 すぐ、近くの公衆電話を探して救急車を呼んであげましたが、このような場合の損害賠償はどうなるのでしょうか?

 自動車損害賠償保障法で以下のような規定になっています。

(自動車損害賠償責任)
第3条 自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によつて他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責に任ずる。ただし、自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかつたこと、被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があつたこと並びに自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことを証明したときは、この限りでない。

(民法の適用)
第4条 自己のために自動車を運行の用に供する者の損害賠償の責任については、前条の規定によるほか、民法の規定による。 

 第3条の2行目の
「他人」の定義がしばしば問題となります。他人であれば損害賠償しなければいけない訳ですが、同じ車に乗っていた者が他人かどうか、自分の妻でも他人として扱われる場合もありますし、共同運行供用者として扱われる場合もあります。

 
「他人」として扱われることになれば、保険の損害賠償給付の対象となり、「共同運行供用者」となれば、当事者となり賠償の対象ではない、ので非常に大きな問題です。

 運行供用者というのは、自動車損害賠償保障法における独特の概念ですが、単にその車を運転していた運転手を含み、より広い概念で捉えるものです。
 「自己のために自動車を運行の用に供する者」というのですから、具体的には、運送会社そのものが運行供用者となります。

 これまで、争いになった例を挙げると
運行供用者を肯定したケース

@農業組合の運転手が、私用に使うことを禁止していた組合内規に違反して組合所有の自動車を無断運転し、帰宅する途中事故を起こした場合

 → この組合は、「自己の為に自動車を運行の用に供する者」にあたる。                   

A貸金の担保として預かった自動車を、従業員が無断運転して事故を起こした場合

 → 私用のための無断運転ではあるが、客観的には同車の預主による運行支配可能な範囲に属すから、保有者としての賠償責任を免れない。                    

B下請業者の被用運転手が、下請現場におもむく途中で事故を起こした場合

 → 元請業者は下請業者の作業実施にあたって、間接的に運転手らに対し運搬業務の指揮監督をしていたものであり、下請業者は業務の指示に従って運行していたのであるから、元請人に責任がある。
                    
C自己所有のダンプカーを砂利採取場構内に持ち込み、これを運転して砂利運搬の作業に従事し、燃料は使用者持ち、ダンプカーは構内に保管、その家族も構内飯場に居住、無免許のため作業は構内に限定、ダンプカー使用料を含め一定の賃金を支給されていた。
 この運転手が私用のため路上でダンプカーを運転して事故を起した場合

 → 事故当時の運行は、客観的外形的には、使用者のためにする運行と解する。(要するに、使用者に責任がある)

D未成年の子がその所有車両を運転中に事故を起こした場合

 →父が、右車両を子のために買い与え、保険料その他の経費を負担し、子が、親許から通勤し、その生活を全面的に父に依存して営んでいたなどの事実関係があるときは、父は、本条による運行供用者としての責任を負う。
                   
 以上は、運転手が社内の規則に反して勝手に運転いていたようなケースですが、雇用主や元請や親は、責任を問われたケースです。

運行供用者否定のケース

@自動車賃貸業者から自動車を借り受けた者がこれを運転使用しているときは、右自動車賃貸業者は、本条にいう「自己のために自動車を運行の用に供する者」にあたらない。
 (レンタカーで事故を起こした場合、貸主には責任は及ばない。)

A所有権留保の特約を付して、自動車を代金月賦払いにより売り渡した者は、販売代金債権の確保のためにだけ所有権を留保するものにすぎず、自動車を買主に引き渡しその使用に委ねた以上、本条にいう「自己のために自動車を運行の用に供する者」にあたらない。
 (分割払いで車を買って、所有権を売主が留保しても、売主に責任は及ばない。)                   
Bタクシー会社からその所有の自動車を窃取した者が事故を起こした場合

 →同社が、右自動車のドアに鍵をかけず、エンジンキーを差し込んだまま、これを自己の駐車場の道路に近い入口付近に長時間駐車させていた事情があっても、窃取した者が、同社と雇用関係等の人的関係を有せず、タクシー営業をした上で乗り捨てようとの意図の下に右自動車を窃取したものであり、窃取後、約二時間タクシー営業をした後に事故を起こした等の事実関係があるときは、右タクシー会社は、本条による運行供用者としての責任を負わない。
 (この車は、エンジンキーを差し込んだままとはいえ、第三者が自由に立入ることのできない構内に保管されていた。)              

C二時間後に返還する約束で自動車を借り受けた者が約一か月後に起こした事故

 → 事故当時の本件自動車の運行は専ら借主が支配しており、貸主は何らその運行を指示、制御しうる立場になく、その運行利益も貸主に帰属していたとはいえないことが明らかであるときは、貸主は、本条にいう運行供用者にあたらない。
                    
 特に注意していただきたいのは、肯定のケース4の場合です。
親が子のために丸抱えで車を与えたような場合は、親にすべての責任がくる、という事です。
 また、鍵の保管がルーズで盗まれて、その車が事故を起こしたような場合には車の持ち主が責任が問われることもあります。例えばコンビニエンスストアで鍵をつけたまま買物をしている間に、車を盗まれて、その車が事故を起こした場合、その持ち主の責任になることがあるのですから注意が必要です。


3.「他人」性について


(自動車損害賠償責任)
第3条 自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によつて他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責に任ずる。

 この3条で、「他人」の生命又は身体を害したときは、、となっていることに注目してください。

・「他人」とは、具体的にどの範囲なのか?
  妻や子や親は他人ではないから、例えば妻の運転する車によって、夫が被害にあった場合は、賠償の対象とならないのだろうか、という疑問が生れます。

・「他人の生命又は身体を害したとき」となっているが、物を壊した時はどうするのか?

 3条を読んで、この二つの疑問が浮かびます。まず2つ目ですが、
自賠法は物損には全く対応していないことを表現しています。
 物損は民法709条での対応となります。
第709条 故意又ハ過失ニ因リテ他人ノ権利ヲ侵害シタル者ハ之ニ因リテ生シタル損害ヲ賠償スル責ニ任ス

それでは、問題の「他人」とはどの範囲をいうのでしょうか。
夫婦の間でも「他人」と判断されることがあります。

「他人」性が肯定されたケース

@「妻が夫の運転する自動車に同乗中夫の運転上の過失により負傷した場合であっても、右自動車が夫の所有に属し、夫が、専らその運転にあたり、またその維持費をすべて負担しており、他方、妻は、運転免許を有しておらず、事故の際に運転補助の行為をすることもなかったなどの事実関係の下においては、妻は、本条にいう「他人」にあたると解すべきである。                    (最判昭47.5.30)

 夫の運転ミスにより車が川に転落し、同乗していた妻が重傷を負った事故で、保険会社は、妻は夫と共に運行供用者であるから保険金の支払に応ずる義務はない、と争っていた裁判でしたが、

裁判所の判断は
車は夫の所有に属し、夫がもっぱら運転し維持費の負担もしており、妻は運転免許も持たず事故当時運転の補助行為もしていないことをもって他人に該当するので、賠償義務ありとしたものです。

 裁判所は当然に他人とした訳ではないので注意が必要です。他人と判断されると、運転していたものには賠償義務が発生します。というのとは、保険に入っていれば、保険が支払われるということでもあるのです。

 これ以外のケースもいくつか見てみましょう。

A運転者が、酩酊して助手席に乗り込んだ者に対し、結局はその同乗を拒むことなく、そのまま自動車を操縦した場合には、右の者は、本条の「他人」にあたる。           (最判昭42.9.29)

 無理やり乗り込んできて、助手席で寝込んで事故にあい、死亡したケースです。

「他人」性が否定されたケース

@甲が正運転手として自ら自動車を運転すべき職責を有し、助手乙に運転させることを業務命令により禁止されていたにもかかわらず、他所から来て、まだ地理もわからない乙に無理に自動車を運転させ、自らは助手席に乗車して乙に運転上の指図をしていた等の事情があるときは、甲は、当時右自動車の運転者であったと解すべきであり、本条にいう「他人」にあたらない。              (最判昭44.3.28)

A会社の取締役が従業員の運転する会社所有の自動車に乗車中従業員の惹起した事故により受傷した場合において、右取締役が業務時間外にトルコ風呂に行くため自らその自動車を運転して数時間にわたって走行させた後同乗の従業員に一時運転させて運行を継続中に事故が発生したものであるなどの事実関係があるときは、右取締役は、会社に対し本条にいう「他人」であることを主張して損害賠償を求めることは、許されない。                               (最判昭50.11.4)

B友人が窃取し運転していた自動車に同乗中右友人の起こした事故により死亡した被害者の両親は、右自動車の保有者に対して右被害者が本条にいう「他人」にあたることを主張することができない。   
                            (最判昭57.4.2)

 車を運転するのは一人で、と言うよりも家族や友人と一緒に乗ることが多いですよね。そんなときに運転者のミスで同乗者にケガを負わせたり、死亡に至らしめることもあります。
 そんなときに、「他人」となるかどうか、非常に大きな問題となります。大きな後遺障害であるならば、「他人」として判断されて損害賠償の対象になれば、自賠責や任意保険の対象となるわけですから、被害者となった方の生活が成り立つでしょうが、そうでなければ、、、考えるだけでも恐ろしいことです。


4.中間利息の控除は民事法定利率「5%」で


 死亡事故や後遺障害の逸失利益の算定で、ライプニッツ係数あるいはホフマン係数というのが使われます。これらを、中間利息の控除といいます。将来に渡ってもらうべき賠償金を、今の時点で一括してもらうのだから、利息を控除する、というものです。

 私の住んでいる町からすぐ近くの北広島市で2001年に起きた交通事故の損害賠償で争われていた訴訟で、最高裁の判決がでました。

 概略は北海道新聞の記事から確認してください。
「北広島市で二○○一年八月、小学四年生の男児四人が乗用車にはねられ一人が死亡し三人が重軽傷を負った事故で、亡くなった土場俊彦君=当時(9つ)=の両親が車を運転していた女性(54)=業務上過失致死傷罪で禁固二年六カ月が確定=に約七千六百万円の損害賠償を求めた訴訟の上告審判決が十四日、最高裁第三小法廷であった。金谷利広裁判長(浜田邦夫裁判官代読)は、被害者に有利な賠償額の算定方法を採用した二審札幌高裁判決を破棄。
算定は「民事法定利率(5%)によらなければならない」との初判断を示して、女性側が敗訴した部分の審理を札幌高裁に差し戻した。」

 具体的にはどのようなことかを説明します。前提としては、年の複利で1000万円が20年後にいくらになるかの計算です。最初は3%の場合。(万円は省略、万円未満も省略))

・1年目 1000+1000×0.03=1030→ 1000×(1+0.03)=1030
・2年目 ((1000×(1+0.03))×(1×0.03)       → 1000×(1+0.03) 2乗=1060
・20年目                             → 1000×(1+0.03)20乗=1806

 これが、現在の額から将来の額を求める算式の「終価係数」となります。
 20年で同じ式に当てはめて、5%で計算すると、2653となり、その
差は847万円にもなります。

 将来の額から、現在の額を求めるためには、先ほどの式を逆数にすればでます。これが「現価係数」と呼ばれるものです。
  現在の額=将来の額×(1/(1+年利)^年数)

 5%の場合で、将来の額は2653ですから、それを上の式に当てはめて計算すると、現在の額は1000になるはずです。

■中間利息を控除する、ということはまさにこのことをいっています。

 逸失利益等の損害賠償額を計算したら、2653万円になるが、それを今もらうのだから、中間利息を控除して1000万円を支払う、ということです。

 それでは、将来の額が2653万円で、年利3%とした場合の現在の額は、1469万円です。その差は469万円にもなってしまうのです。

 交通事故の損害賠償における中間利息の控除に用いる係数は、ライプニッツ係数かホフマン係数といわれるもので、それらを使うと今までご説明した複利計算とは同じではありませんが、考え方は一緒です。

 ついでながら、厚生年金や企業年金の考え方も、一緒です。厚生年金は年利5.5%の利回りで運用できることで設計されていて、毎月の拠出金が決められています。現在の低金利の時代では大幅な赤字になるのは当たり前の話ですね。
 横道にそれましたが、今回の最高裁の判決で5%の控除率が確定したようなもです。5年満期の定期預金の金利でさえ1%に満たない時代に、何とも被害者にとっては不利な判決がでたものです。
 保険会社が一番喜んでいることでしょう。  

5.後遺障害の逸失利益

 
後退障害による逸失利益の算定について、最高裁の判断について最初に確認しましょう。

■最判昭421110民集2192352
 判示事項 労働能力が減少しても具体的に損害が発生していないとされた事例

 『裁判要旨 交通事故により左太腿複雑骨折の傷害をうけ、労働能力が減少しても、被害者が、その後従来どおり会社に勤務して作業に従事し、労働能力の減少によつて格別の収入減を生じていないときは、被害者は、労働能力減少による損害賠償を請求することができない。』

 後遺障害があっても、給料がもらえている以上損害はなく逸失利益はない、というものです。

■最判昭561212民集3591350
『ところで、被上告人は、研究所に勤務する技官であり、その後遺症は身体障害等級一四級程度のものであって右下肢に局部神経症状を伴うものの、機能障害・運動障害はなく、事故後においても給与面で格別不利益な取扱も受けていないというのであるから、現状において財産上特段の不利益を蒙っているものと認め難いというべきであり、それにもかかわらずなお後遺症に起因する労働能力低下に基づく財産上の損害があるというためには、たとえば、事故の前後を通じて収入に変更がないことが本人において労働能力低下による収入の減少を回復すべく特別の努力をしているなど事故以外の要因に基づくものであって、かかる要因がなければ収入の減少を来たしているものと認められる場合とか、労働能力喪失の程度が軽微であっても、本人が現に従事し又は将来従事すべき職業の性質に照らし、特に昇給、昇任、転職等に際して不利益な取扱を受けるおそれがあるものと認められる場合など、後遺症が被害者にもたらす経済的不利益を肯認するに足りる特段の事情の存在を必要とするというべきである。』

 減収がなくても、“特に昇給、昇任、転職等に際して不利益な取扱を受けるおそれがあるものと認められる場合など”には、逸失利益を認める、となっています。

最判平8・4・25民集50・5・1221
『交通事故の被害者が事故に起因する傷害のために身体的機能の一部を喪失し、労働能力の一部を喪失した場合において、いわゆる逸失利益の算定に当たっては、その後に被害者が死亡したとしても、右交通事故の時点で、その死亡の原因となる具体的事由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、右死亡の事実は就労可能期間の認定上考慮すべきものではないと解するのが相当である。
 けだし、労働能力の一部喪失による損害は、交通事故のときに一定の内容のものとして発生しているのであるから、交通事故の後に生じた事由によってその内容に消長を来たすものではなく、その逸失利益の額は、交通事故当時における被害者の年齢、職業、健康状態等の個別要素と平均稼働年数、平均余命等に関する統計資料から導かれる就労可能期間に基づいて算定すべきものであって、交通事故の後に被害者が死亡したことは、前記の特段の事情のない限り、就労可能期間の認定に当たって考慮すべきものとはいえないからである。また、交通事故の被害者が事故後にたまたま別の原因で死亡したことにより賠償義務を負担する者がその義務の全部又は一部を免れ、他方被害者ないしその遺族が事故により生じた損害のてん補を受けることができなくなるというのでは、衡平の理念に反することになる。』

 要するに“逸失利益の額は、交通事故当時における被害者の年齢、職業、健康状態等の個別要素と平均稼働年数、平均余命等に関する統計資料から導かれる就労可能期間に基づいて算定すべきもの”とした。


「差額説」
 財産的損害については、事故のために現実に支出した金銭や事故により受けた後遺障害により逸失した経済的利益の喪失が財産的損害とするものです。事故がなかった場合の利益と現実に得ている利益の差をもって損害と捉える。

「労働能力喪失説」
 後退障害による労働能力の喪失自体を損害とするものであり、これに対して金銭評価を行うものです。平成8年の最高裁判決で“逸失利益の額は、交通事故当時における被害者の年齢、職業、健康状態等の個別要素と平均稼働年数、平均余命等に関する統計資料から導かれる就労可能期間に基づいて算定すべきもの”としており、これによれば、後退障害による労働能力の喪失自体を損害と捉えることから、論理的に見ると、交通事故による現実の減収は問題とはならないこととなります。

★現状では、労働能力喪失説に基づいた裁判例が大勢を占めています。このような損害の捉え方になってきたことにより、後遺障害の認定及び等級毎の労働能力喪失率が重要な意味を持つことになります。


6.素因減額

 
事故により受傷した場合、その人の個人の体格や性格により受ける傷や後遺症の程度は異なります。物理的に同じ衝撃を受けても、骨格のたくましい人は軽症で済むようなことでも、華奢な体つきの人にとっては大変重い傷害となる可能性もあります。

 ごく軽い程度ならば気にかけずに生活する人もいれば、些細な体の異常も気になって仕方がない人もいます。現在、何かしらの病気に罹っていて治療中の人が事故に遭うこともあります。身体的な個性も人それぞれです。頭と胴をつなげる首の長さや太さも人それぞれです。

 素因とは、事故にあった被害者の性格が病的なほどに異常な場合のことを『心因的要因』といい、既に病気に罹っていて治療を継続しているような場合を『身体的要因』といい、これら二つのことをいいます。
 
 事故に遭う前から、心的又は身体的に異常がある訳ですから、その分を損害賠償から控除することを素因減額といいます。

 根拠となる法律は、民法722条2項であり、裁判ではこの条文を類推適用して相殺されます。
(損害賠償の方法及び過失相殺)
第七百二十二条  第四百十七条の規定は、不法行為による損害賠償について準用する。
2  被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。


『心因的要因』

 
被害者の精神的あるいは性格的なものが、普通の人に比べて異常な程度に神経症的な傾向が強い場合に、心因的な要因ありとして減額の対象とされる。
 
判例:夫が運転する車に同乗していて追突され外傷性頭頚部症候群の傷害を受けて約2年半の長きにわ たり入院し、その後も事故から10年にいたるまで治療を継続し、その間には再度入院して治療することも あった。
 
 最高裁昭和63年4月21日
【判 旨】 「身体に対する加害行為と発生した損害との間に相当因果関係がある場合において、その損害がその加害行為のみによって通常発生する程度、範囲を超えるものであって、かつ、その損害の拡大について被害者の心因的要因が寄与しているときは、損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし、裁判所は、損害賠償の額を定めるに当たり、民法722条二項の過失相殺の規定を類推適用して、その損害の拡大に寄与した被害者の右事情を斟酌することができるものと解するのが相当である」とし、原審が確定した事実関係を詳細に示した上で、
★事故後3年間までに生じた損害は事故との間に相当因果関係があるとしたうえ、
 「Xの訴えている症状のうちにはXの特異な性格に起因する症状も多く、初診医の診断についてもXの言動に誘発された一面があり、更にXの回復への自発的意欲の欠如等があいまって、適切さを欠く治療を継続させた結果、症状の悪化とその固定化を招いたと考えられ、このような事情のもとでは、本件事故による受傷及びそれに起因して三年間にわたってXに生じた損害を全部Yらに負担させることは公平の理念に照らし相当ではない。すなわち、右損害は本件事故のみによって通常発生する程度、範囲を超えているものということができ、かつ、その損害の拡大についてXの心因的要因が寄与していることが明らかであるから、本件の損害賠價の額を定めるに当たっては、民法722条二項の過失相殺の規定を類推適用して、その損害の拡大に寄与したXの右事情を斟酌することができるものというべきである」と判示して原審判決の結論を是認し、上告を棄却した。


『身体的要因』


 身体的な要因が損害の拡大に寄与した場合、素因減額が認められるのは、その要因が疾患に当たる場合に限られる。また、人は年齢を重ねるに従い、年齢相応に体の各部位が劣化するものであるが、これを基に素因減額はしてはいけない、というのが判例の考えです。

判例:追突されて頭部を強くシートに打ちつけた被害者は、頸椎不安定症の素因があったが、この衝撃に より、バレリュー症候群の疾患が生じ、また視力の低下を生じたものとして損害賠償を求めたものである。

 最高裁平成8年10月29日
「被害者が平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴を有していたとしても、それが疾患に当たらない場合には、特段の事情の存しない限り、被害者の右身体的特徴を損害賠償の額を定めるに当たり斟酌することはできないと解すべきである。けだし、人の体格ないし体質は、すべての人が均一同質なものということはできないものであり、極端な肥満など通常人の平均値から著しくかけ離れた身体的特徴を有する者が、転倒などにより重大な傷害を被りかねないことから日常生活において通常人に比べてより慎重な行動をとることが求められるような場合は格別、その程度に至らない身体的特徴は、個々人の個体差の範囲として当然にその存在が予定されているものというべきだからである。
 これを本件についてみるに、Xの身体的特徴は首が長くこれに伴う多少の頚椎不安定症があるということであり、これが疾患に当たらないことはもちろん、このような身体的特徴を有する者が一般的に負傷しやすいものとして慎重な行動を要請されているといった事情は認められないから、前記特段の事情が存するということはできず、右身体的特徴と本件事故による加害行為とが競合してXの右傷害が発生し、又は右身体的特徴が被害者の損害の拡大に寄与していたとしても、これを損害賠償の額を定めるに当たり斟酌するのは相当でない。」

7.未成年の親の責任

 正確にはNo.2で既に説明している『運行供用者責任』の問題ですが、ここでは、未成年者が事故を起こした場合の親の責任が問われるケースについて見て行きます。

 未成年者は賠償能力が低く、任意保険にも入っていないケースが多く、被害者の救済に問題が起きることが多いものです。

 最高裁の判例としては、昭和49年7月16日 最高裁判所第三小法廷の判例があります。
【判示事項】
 未成年の子がその所有車両を運転中起こした事故につさ父に自動車損害賠償保障法三条による運行供用者責任が認められた事例

【裁判要旨】
  未成年の子がその所有車両を運転中に事故を起こした場合において、父が、右車両を子のために買いえ、保険料その他の経費を負担し、子が、親もとから通勤し、その生活を全面的に父に依存して営んでいたなど原判示の事実関係(原判決理由参照)があるときは、父は、自動車損害賠償保障法三条による運行供用者としての責任を負う。

 判例で明確になっているように、ポイントは
@誰が車を購入したか A維持費の負担は B保管責任 C名義や保険 D同居等の生活関係 E経済的は依存度合い

 などから判断して、車の名義が未成年の子のものになっていても、それは名目上の名義にすぎず、実質は親の所有と同じと見て、親に責任がある、としています。

『親の所有車両』

 親が車の所有者であり、その車を未成年の子が使用して起こした事故の場合は、自賠法3条にいう『運行供用者責任』が認められて、親に賠償責任が発生します。
 
 親として注意すべきは、
・同居の未成年の子 → 
保険の年齢制限を外すこと(別居の未婚の子は年齢制限は関係ありません)

『親の責任を否定した判例』

 最高裁判例にあるとおり、未成年の子の名義の車となっていても、親の経済的な庇護のもとに車を自己名義にしているに過ぎない、と見られる場合は、親の『運行供用者責任』は免れないものと見て間違いありません。
親の責任を肯定した判例は数多くありますが、

親の責任を否定した判例の紹介をします。
1.仙台地判昭和55年9月22日
 無免許運転、放火未遂等の非行歴を有し保護観察中であった19歳の子が起こした飲酒運転事故につき、子が運転免許を取得したのが事故の10日前であり、父親は飲酒や夜間外出をしないように常々注意を与えていたし、子は成人に近く就職も内定していたとして親の責任を否定。

2.秋田地判昭和55年12月24日
 19歳の子が起こした飲酒運転事故につき、母は子が外出するところをみてはいなかったし、子には飲酒運転の前歴等がないこと、子はまもなく成人に達する身であることを考慮し母の監督義務責任を否定。

3.神戸地判平成5年2月10日
 17歳の子が起こした交差点内における直進車と右折車の衝突事故につき、両親は子が当該自動二輪車を通学に使用することを知りながら格別の注意を与えずこれを放置していたとしても、危険な運転をして事故を起こすような徴候はなかったとして両親の責任を否定。

4.宇都宮地判平成5年4月12日
 シンナー吸引の非行歴があり、スピード違反、赤信号無視での検挙歴がある子が起こした高速度運転での事故につき、母親が子の非行歴検挙歴につきこれを知っていたかあるいは知りうべき状況にあったか、母親が子の交通関係につきどのように監督していたかはこれを判断するに足りる証拠がないとして母親の責任を否定。

 刑事事件の加害者の家族の悲劇はよく耳にします。
自殺に追い込まれる人、会社を辞めざるを得なくなった人、一家離散となってしまった家族など、不心得な子供がいると親は生きて行けなくなることまであります。
 子の起こす事故も同様の問題を起こします。最低限、親として注意すべきことは、子が車を借金で買って、余裕がなく任意保険に入らずに事故を起こしてしまい、親に賠償責任が来る事がないようにしなければいけません。
 親が任意保険にも入らないのでは、もう救いようがありません。

8.示談の効力範囲

 事故による傷害は軽いものと考えて、数回の通院をしただけで、相手(加害者)の求めに応じてすぐに示談をする場合があります。
 または、事故直後の医師の診断が、全治2週間程度で後遺症の恐れもなく退院できるでしょう、との診たてを信じて、且つ当座の入院費や生活費の問題もあり、加害者側の提示する示談金に納得して完治する前の時点で示談をすることもあります。

 しかしながら、予想に反して重症であり再手術をして重い後遺障害に悩まされるケースがあります。

 示談(和解)書の文面には、一般的に
「甲は乙に対し、本件事故に関してその余の請求を免除し、甲は今後乙に対して なんらの請求をしないものとする。」
 とその後の請求を放棄する一文を入れます。

 一旦示談書を取り交わしたのだから、その後、なにが起きても諦めざるをえない、と考えてはいけません。
 示談の効力は、その後予期できなかったことが発生した場合は、その効力は後遺障害には及ばない、とするのが判例の考えです。

『錯誤無効説』

 東京地裁 昭和40年1月27日判決
 傷害の示談契約を行う時点では、被害者の傷害は2〜3ヶ月の治療で容易に完治する程度の軽微なものと判断して、締結されたものであった。
 しかし事実はこれに反し、被害者の傷害が著しく重大なものであった。 従って、被害者が示談をした意思には、その重要な部分に錯誤があったのであり、無効である。として、その後の後遺障害の損害賠償を認めた。

 要約すると、示談当時には、その後の重大な被害を予測できなかったのであるから、錯誤により無効であるとしたものである。

『別損害説』

 最高裁昭和43年3月15日第2小法廷判決
【判示事項】 示談当時予想しなかつた後遺症等が発生した場合と示談の効力

【裁判要旨】 交通事故による全損害を正確に把握し難い状況のもとにおいて、早急に、小額の賠償金をもつて示談がされた場合において、右示談によつて被害者が放棄した損害賠償請求は、示談当時予想していた損害についてのみと解すべきであつて、その当時予想できなかつた後遺症等については、被害者は、後日その損害の賠償を請求することができる。
 
 錯誤無効説と比較して、その内容の実質はほとんど差がないものですが、示談を取り交わした後にでてきたものは、別の損害である、とシンプルに分かりやすいものとなっています。


9.広路進行車両の注意義務
 
 死亡事故に至るような大事故は、信号機のない交差点(=交通整理の行われていない交差点)で起きることが多いものです。明確に、道路標識等で優先道路であることを表示していても、それの見落としで大事故につながります。

 北海道には、いたるところに一方が赤点滅、もう一方が黄点滅の交差点があります。
   黄色点滅=他の交通に注意して進行
   赤色点滅=停止位置にて一時停止しなければならない
 と規定されています。(道路交通法施行令2条1項)

 しかしながら、これらはあくまでも優先道路を示すものではないことに、注意をしなければならなりません。最高裁昭和44年5月22日第1小法廷判決で、「交通整理の行われていない交差点であり、いずれの信号も優先道路を示すものではない。」と判断しています。

 まず最初に、「優先道路」とはどのように規定されているか、について見ることから始めなければなりません。
『優先道路』
道路交通法の規定
 (徐行すべき場所)
第四十二条  車両等は、
道路標識等により徐行すべきことが指定されている道路の部分を通行する場合及び次に掲げるその他の場合においては、徐行しなければならない。
一  
左右の見とおしがきかない交差点に入ろうとし、又は交差点内で左右の見とおしがきかない部分を通行しようとするとき(当該交差点において交通整理が行なわれている場合及び優先道路を通行している場合を除く。)。
二  道路のまがりかど附近、上り坂の頂上附近又は勾配の急な下り坂を通行するとき。

■これは、明らかに公安委員会の指定によって、優先道路として指定されていれば、そこを通行している車両は、徐行しなくてもよい、ということです。

 道交法が昭和46年に改正される前は、道交法42条の「徐行義務」と同法36条の「優先通行権」の関係は、最高裁昭和43年7月16日第3小法廷判決により、
【判示】 当時の道路交通事情に照らして、幅員が「明らかに広い」道路を進行する車両は、交通整理の行われていない交差点において徐行義務はない」と判示した。

 この判例により、明らかに広い道路を通行する車両には、徐行義務はない、として判決が下されるようになっていた。

 しかし、「優先道路」の規定が、法改正により明確になるようになって、以下の判例により、明らかに広い道路を通行する場合といえども、(「優先道路」として指定された道路は除く)見通しの悪い交差点を通行しようとするときは、徐行しなければならない、と判断されています。

■最高裁昭和63年4月28日第2小法廷判決
 左右の見通しがきかない交差点に入ろうとする場合には、当該交差点において交通整理が行われているとき及び優先道路を通行しているときを除き、徐行しなければならないのであって、右車両当等の進行している道路がそれと交差する道路に比して幅員が明らかに広いときであっても、徐行義務は免除されないものと解するのが相当である。

 指定「優先道路」の規定が、法改正により明確になるようになって、以下の判例により、明らかに広い道路を通行する場合といえども、(「優先道路」として指定された道路は除く)見通しの悪い交差点を通行しようとするときは、徐行しなければならない、と判断されています。


 「左方優先」などが規定されている道交法36条について、詳しく触れます。
「優先通行権」が規定されています。
『左方優先』
道路交通法
(交差点における他の車両等との関係等)
第三十六条  車両等は、
交通整理の行なわれていない交差点においては、次項の規定が適用される場合を除き、次の各号に掲げる区分に従い、当該各号に掲げる車両等の進行妨害をしてはならない。
一  車両である場合 その通行している道路と交差する道路(以下「交差道路」という。)を
左方から進行してくる車両及び交差道路を通行する路面電車
二  路面電車である場合 交差道路を左方から進行してくる路面電車
2  車両等は、交通整理の行なわれていない交差点においては、その通行している道路が優先道路(道路標識等により優先道路として指定されているもの及び当該交差点において当該道路における車両の通行を規制する道路標識等による中央線又は車両通行帯が設けられている道路をいう。以下同じ。)である場合を除き、交差道路が優先道路であるとき、又はその通行している道路の幅員よりも交差道路の幅員が明らかに広いものであるときは、当該交差道路を通行する車両等の進行妨害をしてはならない。
3  車両等(優先道路を通行している車両等を除く。)は、
交通整理の行なわれていない交差点に入ろうとする場合において、交差道路が優先道路であるとき、又はその通行している道路の幅員よりも交差道路の幅員が明らかに広いものであるときは、徐行しなければならない。
4  車両等は、交差点に入ろうとし、及び交差点内を通行するときは、当該交差点の状況に応じ、交差道路を通行する車両等、反対方向から進行してきて右折する車両等及び当該交差点又はその直近で道路を横断する歩行者に特に注意し、かつ、できる限り安全な速度と方法で進行しなければならない。

 2項3号に規定するのは、狭い道路を通行する場合は、広い道路にぶつかったときは徐行しなければならないと規定していますが、当然といえば当然のことだと思います。

 ここで、一連説明したかったのは、
 
広い道路を走っていても、交差点に差し掛かったとき、徐行しなければならないことがある、ということであり、過失割合の争いになった場合の参考としていただきたい。


                                    

 今後、判例は追加しますのでよろしくお願いいたします。

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